「かぜ、はやくなおそ」というフレーズ、聞いたことがある人は多いと思います。風邪をひいたら薬をすぐのむよう促す製薬会社のCMですね。

ずばり嘘です。

ふつうの風邪症状で病院にかかる必要はありません。基礎疾患のない若くて元気な大人なら、水分をこまめに摂って保温安静につとめるので充分です。うがいをこまめにしたりマスクを着用したりと出来る工夫は色々ありますし、それで実際経過が良くなります。具合が悪い中病院まで出かけて今度は待合で長時間待つ、むしろ体に負担です。

一般的な意味での「風邪」をなおす薬はこの世に存在しません。もし発明したらその人はノーベル賞がもらえるなんてよく言われます。皆が俗に「かぜぐすり」と呼ぶものは、風邪の諸症状を緩和する薬の総称に過ぎません。

市販の「かぜぐすり」は諸症状に対する成分を複数配合したいわゆる総合感冒薬ですし、病院で処方される薬にもそういう類の薬があります。これらの薬、症状はある程度緩和してくれますが、風邪のウィルスをどうにかしてくれるわけではないのですね。

昔、こういう試験をした人たちがいます。風邪の患者さんを沢山集めて、
1)水分補給や保温安静などの対応のみで経過をみる 
2)総合感冒薬を内服させつつ同様の対応をして経過をみる
の二群に分けて回復までの過程をみました。

どちらのチームが早く治ったと思いますか?

こういう聞き方をすると察しがつくかもしれません、そう、1)なんです。

考察はこうです。
発熱は人間の体がウィルスを排除する過程で生ずる合目的なものである。微熱程度のものであれば自分の体が意図して・コントロールの範疇で発熱させているものであり、これはそのままにしておいた方がウィルスの排除には有利にはたらく。

しかしここであまり考えずに総合感冒薬をのむと、含まれている解熱鎮痛剤成分がむやみに熱を下げてしまうため、結果として治癒回復の過程をむしろ遅延させてしまうのだろうと。おそらく正しいと思います。

ただし身体症状が著しい時、たとえば高熱でふらふらして食事もまるで摂れないような時、それを我慢するのも大変です。発熱の程度が体のコントロール下から逸脱していると考えられますし、その結果水分や栄養の摂取状況が不安定になるのであれば、これは風邪の経過に悪影響を及ぼします。

発熱による不利益が利益を上回っているのであれば、薬を使って熱を下げた方が体にとって有利であろうと考えられています。なにより自分も症状が緩和されて楽ですよね。

一般的には、大人の場合だと38度をこえたら頓用(必要時のみに用いる)で解熱鎮痛剤を用いることが多いです。そういう処方箋や薬の説明書をご覧になった方も多いのではないでしょうか。

咳止めや痰切りも同様です。辛ければのんでも良いし、辛くなければ要らない。たまになにかの拍子で咳がコホッとでるくらいなら薬は特に要りませんが、咳で夜眠れなかったり夜中に起きてしまうような人にとっては咳止めもかなり大事でしょう。

要は症状がどれくらい強くて自身が辛いかという、程度問題なのです。およそ風邪であれば薬をのんだ方がいいというわけではありませんし(ましてやのまないと治らないなんてことはありえません)、逆に辛いのを我慢して薬をのまないのも度を過ぎると・・・です。同じ人が風邪を複数回ひいたとして、毎回同じ対応が良いとは限らないのです。

何事についても言えることですが、原理主義的こだわりを持つと、大抵はうまくいきません。世の中、「〇〇は××だ」という一対一対応が常に成り立つような、単純なことばかりじゃありません。しなやかに・臨機応変にトラブルに対応する知恵をつけることが重要です。

老人・乳幼児や重篤な基礎疾患を持つ人はそのバランスポイントがまた変わってきますので、この記事はあくまでも若くて元気な大人(読者の皆さんの大多数)についてのものだという点、くれぐれもご注意下さい。たとえば若い人でも喘息持ちだったり妊娠中だったりすると、インフルエンザに罹った時など対応が違ってくる場合があります。そこらへん悩ましい人や判断しかねる人は受診するのが無難でしょうね。

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文 医師 小野江 和之/編集 七戸 綾子