写真家として、地球をフィールドにあらゆる場所を歩き続けてきた石川直樹さん。2011 年からはエベレストやマカルーをはじめ、8,000 メートル級の山に毎年登っている。ちょうど取材の1ヵ月前にマカルー登山を終えて帰国。その後休む間もなく青森、岩手、大分など日本国中を巡り、取材の前日までは北海道に滞在していたそうだ。
「知床の拠点でもある斜里町の朱円小学校で写真のワークショップをやってきました。毎年続けているのですが、今回初めて写真展を開催することになって。子どもたちが企画して、オープニングに親を招待したりして、すごく楽しかったですね」と、登山で日焼けした顔にやさしい笑みを浮かべて教えてくれた。
 石川さんは、幼い頃から旅に心惹かれ、『トム・ソーヤの冒険』や『十五少年漂流記』などの物語を読みながら、書物の海を旅してきた。そして17 歳のとき、初めての一人旅でインドとネパールへ。
「知らない世界を見て、自分が常識だと思っていたことが、数多ある常識の中のひとつだということに気づきました」。この旅をきっかけに「見たことのないものを見たい」という気持ちが強くなり、それは今でも旅の原動力になっている。

旅で出会うすべてをそのまま受け入れる

 石川さんは、旅を写真と文章で記録することを欠かさない。
「旅に出ている間は日記をつけているのですが、ささいなこともすべて書きとめることにしています。たとえばテントで目についた色のようなことでも書いておくと、そこから思い出すことがたくさんあるんです。写真を撮るときにも、文章を書くときにも大切にしているのは、自分の主観で事実をねじ曲げないこと。曇っていたら曇っているままを撮るし、登山の記録もことさら大げさな表現をしたり、わざわざ冒険譚のように脚色することを避けています」
 行く先々で出会う風景や人々をあるがままに受け入れて感じる――そうして旅した先々で、心が揺さぶられる経験を何度も重ねてきた。
「エベレストの頂上で、雲海に浮かぶエベレストの三角形の影を見たんです。そのときはびっくりしましたね、俺すごいところにいるんだって。シェルパたちとの出会いもとても印象的で、彼らはヒマラヤ登山よりも冬場のヤクの世話のほうが大変だなんていいながら、ひょいひょいって登っていくんです。そういう生き方もかっこいいって思いますね。同じ場所を訪れても、毎回新鮮な驚きを感じます。富士山はもう30回くらい登っていますが、時期や天候などで色や表情が変わるので、いつ登っても印象深いですね」

いつでも、どこにいても旅の途上

「これからも旅を続けて、驚き続けていたい」と言う石川さん。来年はエベレストに次ぐ高さのK2に向かう予定だ。
「どんな驚きでもいいのですが、つねに未知のものに出会っていたいんです。その思いは、20歳くらいのときからぜんぜん変わらないですね。自分の行きたいところに行って、写真を撮って、文章を書いて、というのはずっと続けるんだと思います。近い将来、宇宙にも行ってみたいですね。見たことのない風景を見たいし、その風景を撮れたらうれしいです」

 じつは、今回の取材場所に選んだ中目黒は石川さんが慣れ親しんでいる街でもある。
「中目黒にこんな場所があるなんて、全然知りませんでした(笑)。世界中を旅していると日常がつまらなく感じるのでは、と聞かれることもありますが、全然そんなことはなくて、驚きを感じられるのであれば、どこにいても僕にとっては旅の途上なんです」

写真(石川さんポートレイト) 野頭 尚子/写真(文中2点) 石川 直樹/ 文 小口 梨乃