――先生は、以前はロボット工学が専門で、今は幸福学を研究していらっしゃいますが、なぜ幸せについて研究しようと思ったのでしょうか。
前野 最初はロボットの心を作ろうとしていて、そのためにまず人間の心の仕組みを明らかにしようと思いました。人間がどういうときに笑ったり、怒ったりするのかを脳科学や心理学などの見地から研究する中で、心は“無”であるということに気づいたんです。それは、お釈迦様が言っていた「無我」というのと同じで、私たちは自分の意思で話したり聞いたりしていると思っていますが、じつは無意識の内に脳が活動し、あたかも自分が選択しているように錯覚しているだけ。さらに、最初から何もないわけですから、死ぬことも怖くありませんし、何もないのに、笑ったり、喜びを感じたりできることが、とても幸せなことだと感じるようになりました。そしてこの気づきを、ロボットの開発というより、人間の生活に直接役立てたいと思い、多くの人が実践できる体系的な幸福学を目指すようになったんです。

自分の無意識をのびのびと解放する

――先生が実践している幸せになるコツはありますか?
前野 自分の目標を持って生きるだけではなく、自分はこういう人間だという思いこみ(枠)をはずし、心を開く練習をすることですね。そうして自分の無意識をのびのびさせていると、いろいろなことにいい意味で巻き込まれて、思いもよらない幸せに出会うことができます。

――コンテンポラリーダンスもなさっているそうですが、それも思いもよらない幸せのひとつでしょうか。
前野 まさにそうですね。コンテンポラリーダンスのゴッドマザーと呼ばれている黒沢美香さんと公開授業をしたのをきっかけに、教授3人の「ミカヅキ会議」というダンスユニットを2011年に結成しました。最初はこっそり練習するだけだったのですが、今年は鳥取、福岡、京都、東京でダンス公演までしてしまったんです。僕が体を動かすと、黒沢さんは「前野さん、体が硬くて素敵!」ってほめてくれるんですね(笑)。プロのダンサーは形を作りすぎるけれど、僕のように動かない体を動かしているのが、いいらしんです。まさか50歳を過ぎてダンスを始めるなんて思ってもみませんでしたが、自分の体はここまで動くのかと気づいたり、人前で踊れるようになったりするなんて、こんなに幸せなことってないなあと思っています。

幸せは自分の近くにある

――どのようなときに幸せを感じますか?
前野 心を開いていると、本来見えていたはずの幸せに気づけるようになりました。写真が趣味で、母が庭で育てている花や道端の花を撮るのが好きなのですが、若い頃はアメリカの国立公園のような壮大な景色を見て感動していました。でも、グランドキャニオンを見たときと同じ感動が、通勤途中にたまたま見かけたひょろっとした花や、散った花の中にもあるんです。

photo by Takashi Maeno

――幸福学を研究するようになって、自分の中の幸福度は増しましたか?
前野 僕は今、世界一幸せだと思っています。それは人と比べてそう感じているのではなく、妻にも言われるのですが、幸せの極限まできたという実感です。幸せを研究していること自体が心を整えることにもつながっているので、“理系ヨガ”を実践しているような感じでしょうか。ぜひ「自分は世界一幸せだ!」と言ってみてください。きっと幸せになれますから。

――最近心が震えた出来事はありましたか?
前野 本気で世界中を幸せにしたい、ということを発信するようにしたら、この人と会えてよかったという人に毎日出会うことができ、さまざまな人とつながるようになりました。昨日は高校三年生がどうやったら幸せな社会を作れるかということについて、聞きにきたのですが、そういう目をキラキラさせている人を見ると、僕も一緒に頑張りたいと強く思いますね。

撮影 野頭 尚子 / 文 小口 梨乃