なぜ体を動かしてポーズを練習するだけではなく、ヨガにはお話を聞いたり、瞑想したりする時間があるのでしょう? 世界中でヨガ哲学や瞑想を教えていらっしゃるカルロス・ポメダ先生に初心者の疑問をぶつけてみました。哲学の道、はじめの一歩です。

――先生はどんなきっかけで哲学の勉強を始められたのですか?

私は子どもの頃からカトリック教徒として育てられました。宗教のなかで「神」という存在を認識し、そういったことに興味をもっていたのでしょう。5歳のとき、牧師になりたいと思いました。その夢は、ティーンエイジャーになった頃にはすっかり忘れていましたが(笑)。

そして大人になり、ある日、スペインのマドリッドで「ハタヨガ」と書いてあるポスターを見たのです。ハタヨガの意味さえわかりませんでしたが、そこになつかしいものを感じて、これは何かのサインに違いないと本能的に感じました。それがヨガとの出合いです。

さらに1年後、今度は「瞑想」と書いてあるポスターを見ました(笑)。その後、自己流ではなくグル(師)について教わりたいと思っていた1976年に、私の初めての先生であるスワミ・ムクタナンダ氏に出会いました。彼との出会いが、5歳のときの想いを呼び覚ましました。

――どんなことを教わったのですか?

そのときは神の存在も信じていなかったし、特定の思想ももっていませんでしたが、彼から瞑想することを教わって、自分の内にある「Self(大いなる自己)」というものの存在を知りました。生きている人々はバラバラに存在していながらも境がなく、「大いなる自己」という同じひとつの存在であるということが、完全に腑に落ちたのです。まるで自分の胸を開けられたようでした。このときの体験が私の人生観を変えました。これを追究していくことが、自分の人生においていちばん大切なことだと思いました。

そこでインドに渡り、スワミ・ムクタナンダのもとでスワミ(僧侶)になりました。彼のもとで、カシミア・シェイヴィズム、タントラ哲学、クンダリーニ、ヨガスートラ、ヴェーダンタ、ヨガの歴史、チャクラ、他のヨガのスタイルなどを学びました。

――それらを学んだことによって、どのような変化がありましたか?

まず、勉強すればするほどもっと勉強したいというモチベーションが高まり、動機が深まりました。発見すればするほど、もっと発見することがあるのではないか? さらなる可能性があるのではないか? と興味がわきました。

特に私を導いてくれたのが、哲学です。そして、日常生活でも愛や幸福を感じるようになりました。つらいことや苦しいことが起こっても動じない強さが、自分のなかにできてきました。それが第一の大きな変化です。そんな私の姿を見た両親が影響を受けて瞑想を始めたぐらいですから、傍目にもわかるほどの変化だったのでしょう。

それから第二の変化は、自分の内面に起こっていることが明確にわかるようになったということです。肯定的な感情も否定的な感情も、ありのままに見ることができました。自分のとらえ方がわかってきて、自分のなかでどんどん変革が起こっているという実感がありました。

>>>私たちにとって、哲学の目的とは何でしょうか? につづく

取材・文 古金谷 あゆみ/「スタジオ・ヨギーのある生活」vol.7より