アルプスの少女ハイジを知っていますか? では、ポリアンナは? 名作の中の少女たちは心やさしく、まっすぐで、この世界に実在するには純粋すぎるようにも思われます。でも、ここに一人、みんなに「少女」と呼ばれる人間がいました。

その名は、森部真登香。真実に向かってまっすぐ登ると書いてマトカ。今日は名古屋の少女マトカのお話をしましょう。

昔々、といっても今から二、三十年前のこと、名古屋の街に生まれたマトカは音楽好きな両親のもとで愛情たっぷりに育てられ、ピアノ、歌、いい音楽、いい学校……いいものに囲まれてすくすくと成長し、気がついたら自分でレールを作ったことがないまま大人になっていました。

「真面目」な「優等生」の「お嬢様」を想像しましたか? でも、マトカは子どもの頃からずっと、そうじゃない自分になりたかったのです。本が好きなんだねと言われれば本を読むのを止め、いい子だねと言われればやんちゃをしました。そんなマトカが初めて自分でレールを作ったのは、ヨガのインストラクターをめざしてヨギーに転職したときのことでした。寝耳に水の両親は大騒ぎ。でも、マトカは店長を続けながらインストラクターになり、二足の草鞋も自分なりのバランスで上手にはけるようになりました。なのに……

 二〇〇六年、秋、名古屋。

 「マトカ先生」の名前がスケジュールから消えて数ヶ月が経っていました。フランチャイズだった名古屋のヨギーは直営になり、当時の方針によって店長とインストラクターが兼務できなくなっていたのです。

 何のためにここにいるんだろう? でも、ヨギーのためには私が店長でいたほうがいいし、今辞めたらみんなに迷惑がかかる。迷惑がかかるとわかっていてそうするなんて、それは自分勝手っていうんじゃないのか?

「マトちゃん、ずーっと何見てるの?」
と同僚のあやちゃんの声で我に返り、
「スケジュール表見てたらなんか目が離せなくなったー」
マトカはいつものようにメゾソプラノであははと笑いました。そう、本当はマトカはメゾソプラノなのです。合唱団のパート分けの日に風邪をひいていて声が出ず、アルトになったのでした。あのときもちゃんと言えばよかったのかな。ふとマトカは思いました。

「やっぱりインストラクターを続けたい」と自分。「マトちゃんが幸せになるように」とあやちゃん。「清水さんにだけは絶対話したほうがいいよ」とうっちゃん。「いい悪いじゃなくて、マー姉ちゃんが心地いい選択をすればいいと思う」と妹。みんなの声が心の中でぐるぐる回ります。やっぱり清水さんに直談判だ。みんなに背中を押され、毎日毎日悩み続けたマトカの決断のときがやってきました。

マトカは清水さんに話しました。夕方のスターバックスで泣きながら。

結果は「いいよ」。あまりにもあっさりしていたので、マトカの涙もひっこみました。誰かがメゾソプラノであははと笑いました。

 これで名古屋の少女マトカのお話はおしまいです。なぜなら、もう少女マトカはいないからです。この日、マトカは少女ではなく、少女の心を持った大人になりました。

 おしまい

文 古金谷 あゆみ/「スタジオ・ヨギーのある生活」vol.15より