以前、私の娘が親しいお友だちから、無視されている現場を目撃してしまったことがありました。娘はそれについて、自分からは話してきませんでした。学校の先生からは、最近うちの子の学校での様子がおかしいという話がありました。妙にテンションが高く、から回って上手くいかず、時にはガクンとテンションが落ちて涙が出てしまうこともあると。

娘と話をしました。お友だちに無視されている現場を見かけてしまったことを伝え、先生も心配してくれていることも言いました。すると、娘は意外なことに、「大人は出てこないで!」の一点張りでした。「ほうっておいて!大丈夫!」と。

私は強がって言っているんだと思い、なんだか腹が立ってきました。先生にも相談しましたが、先生は子どもたち同士で話し合いをさせたいと言うのです。それを伝えると娘は、「嫌だと言っているでしょう。ほうっておいてよ、お願いだから」と怒りました。

先生と私と娘のやりとりがしばらく続きましたが、その都度、娘は頑なに大人は関わらないでと言いました。
「私が気にしなければすぐにおさまるの。前もそうだったの。もうすぐ終わるの。だから邪魔しないで。」

前にもあった。何回もあった。自分がないことにしていれば、いずれ治まる・・・・・・? 私の中で怒りが溢れ出しました。でも私が怒りに任せて出て行くと、ますます娘が傷ついてしまう・・・・・・。

娘とたくさん話をしました。なぜ、何度も繰り返されているのに親しくしていたのか・・・・・・。実際にどの程度のことをされて困ったり傷ついたりしているのかも確認しました。

自分にしか分からないほどの声で、自分を蔑むような言葉をささやかれることがあること、機嫌次第で誘われたり無視されたり、どうしていいかわからなくなること、誰も気づかない程度のことだから、おおごとにすることが怖いことも正直に話してくれました。そして、取り巻くほかのお友だちは優しいこと、学校が楽しいこともちゃんと教えてくれました。

私も親として、娘の言動や行動で、相手をイラつかせたり、怒らせたりすることはきっとあると思うけれど、だからと言って、無視したりイジメたりして人を傷つけていいということではないんだよとも伝えました。でも、それでもやはり、娘は「大丈夫」と言います。自分自身が辛い気持ちもあるんだけれど、それ以上に、そのお友だちが気づいてくれることを誰よりも願って信じているのかもしれないな・・・・・・と感じました。

正直苦しい時間でした。お友だちへの怒りもあるし、先生の言うとおり、ちゃんと正面向き合って話し合いをさせるというのも、ひとつ大切なことのような気もする。

私はヨガを実践しています。ヨガはたくさん私を助けてくれました。ヨガの教えは、この問題にどんなメッセージを与えてくれるのでしょうか。怒りや不安が頭の中で煮えたぎる中、「言葉の四つの門」という話を思い出しました。

人に何かを伝えるときに、言葉を四つの門をくぐらせてから発しなさいという教えです。
四つの門とは、
・一つ目の門・・・ (その言葉は)真実に基づいているか?
・二つ目の門・・・ (その言葉を)伝える必要はあるか?
・三つ目の門・・・ (その言葉を)伝えるタイミングはいつか?
・四つ目の門・・・ (その言葉を)優しく伝えるすべはあるか?
を考えるというものです。

この問題を解決するために、私は何を、この四つの門にくぐらせようとしているのか・・・。まず自分の心を整理整頓し、一番伝えたいことを吟味しなくてはいけません。

親として怒りや不安があることは本当です。でもそれはお友だちに伝えることではないことがわかりました。怒りや不安は、彼女一人で乗り越えられる問題なのか・・・ということに対してだと気づきました。

私が持っている問題ではない、はじめから、彼女が抱える問題に、取り巻きである私がああだこうだと躍起立ってはいけなかったことにも気づきました。

悶々と考えながら、彼女の心に寄り添うために伝えようと思う言葉が見つかりました。担任の先生には丁重にお手紙を書き、静かに見守ってほしい、子どもたちに任せる決心をしたと伝えました。

そして、四つの門にくぐらせ娘に伝えられた言葉はとてもシンプルなものでした。真実で、伝えなくてもいいことではなく、後々伝えるべきことでもない。今、伝えなきゃいけない言葉。

「愛しているよ。いつだってあなたを応援してる。」

娘は、「少しだけいい子いい子して」と言いました。彼女は少し泣きました。彼女を抱きしめながら、逃げ出したくなったら逃げてもいいんだよと伝えました。よく頑張っていたねと。いつでも泣いていいよと。そして、その子が無視の矛先を変えるようなことがあれば必ず教えてねと約束しました。私たちは絶対に彼女を責めない。あなたと一緒に全力で彼女と向き合うからね!と。

「私だからなんだよ。私にだから無視できるの。ちゃんと終わる。」
私はまたまた複雑な気持ちになりながら、「ママはあなたのママだから、なんだかムカついちゃうけど・・・」ついつい言葉にしてしまいました。
「でも、それだけがあの子じゃないよ。」娘はそう言って笑いました。

どこまでも真っ直ぐ、相手の子を見ているんだなぁって私も涙が出ました。私に出来ることは、そんな娘の心が帰ってくる場所、安心して泣ける場所、明日も戦いに行くための心に食事を与える場所であることなんだと思いました。

それから2年ほど経ちました。娘とそのお友だちは、とてもいい関係にあります。付かず離れず。2年前、伏し目がちだったその子も、今は私とも元気よく挨拶します。何かがあったわけではないけど、何かを乗り越え、成長していく子どもたちがいます。

私は子育て支援士としても活動しますが、支援士の先輩方とよく話すことがあります。それは、成長の中のほんの一瞬を見て、その子を判断してはいけないと言うことです。意地悪を言いたい年頃や環境にある子がいる。それでその子の全てを知ることはできないということ。成長を通して見えてくることがある。

最後に大好きなマザー・テレサの言葉を。

Do not condemn anybody at once.
For you know what she is doing,
but do not know why she is doing.

すぐに決めつけてはいけません。
相手が何をしているかは分かっても、
なぜしているかは分からないからです。


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文 ヨガインストラクター ミヅホ/編集 七戸 綾子