レモンの原産地はスペインか南米だろうと勝手に思い込んでいたが、インドの北部・ヒマラヤであると知ったときは驚いた。そして、レモンのイメージにぴったりの季節は夏なのに、実は国産レモンの旬は冬から春にかけて。10月くらいから緑色のレモンも出回るが、果皮も厚く果汁も少なく、残念な思いをすることが少なからずある。そして肝心の夏が来ると、国産レモンは市場から姿を消してしまう。

塩麹の次は塩レモンブームなのか、書店にはたくさんの塩レモン(レモン塩とも)に関する本が平積みになっていて驚いた。我が家にも、1年ほど前にTVで見かけて仕込んでみた塩レモンがあるのだが、仕込んだきり使いこなせていない。あまのじゃく故に、ブームに乗っていると思われるのも癪なので、もうしばらく熟成(放置?)させようか。

今回はフレッシュなレモンを使ったパスタ料理を紹介する。材料は至ってシンプルに、スパゲッティ、レモン(汁と皮)、オリーブ油、塩、イタリアンパセリだけ。強めの塩を入れた湯にスパゲッティを入れ茹でて、ザルに上げる。鍋にスパゲッティを戻し入れ、一人分に付きレモン汁大さじ1、レモンの皮のすり下ろし適宜、オリーブ油大さじ1を加え、よく混ぜる(火にはかけない)。皿に盛りつけてから、刻んだイタリアンパセリを散らす。あっけないほど簡単だが、レモンをダイレクトに感じられる一皿だ。応用として、パルメザンチーズや生クリームを加えるのもいいが、まずはシンプルなレシピで。

外国産のレモンは通年手に入るが、そのデリケートさ故に、防腐剤や防カビ剤が使われている事が多いので、国産のレモンを皮ごと安心して使いたい。以前、無農薬だからとキロ単位で注文して、冷蔵庫で保存するも、いくつかを腐らせてしまった。とても痛みやすい柑橘だと思い知った。

余談になるが、つい先日、品川の大井町を自転車で彷徨っていたら、詩人で彫刻家の高村光太郎の『レモン哀歌の碑』なるものを見つけた。光太郎の妻・智恵子が闘病の末に最期を迎えた、ゼームス坂病院の跡地だそう。碑は大きな桜の木の下にあって、いくつかのレモンが供えられていた。


レモン哀歌 高村光太郎

そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白いあかるい死の床で
私の手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関ははそれなり止まつた
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう

「智恵子抄」より

写真&文 中村 宏子