――ボリスさんは弁護士、裁判官、国会議員を経て、その人生を、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)の人権活動に捧げていらっしゃいました。ボリスさんの人生における「アート・オブ・リビング」―「僕たちの核にあるもの」「心揺さぶるような経験や感動」について教えてください。
ボリス 難しい質問ですね。まずは、僕の人生に大きく影響しているバックグラウンドをお話しさせていただいていいですか? 
僕はオランダ人ですが、父はチェコスロバキアからオランダに移り住んだ難民です。当時のヨーロッパは東西冷戦期。西側に属するオランダに来てしまったら、東側に属するチェコにいる親戚たちとの連絡は禁止されてしまった。こんなふうに、政治家が恣意的に西と東を分けるような不正義を子供のころからずっと感じ取って生きてきたのです。この「不正義」の中で生きて来た経験…それが、僕の「不正義と戦う」という、その後の人生の強いモチベーションになっていると思います。人から何かを決められて、それに従わないといけない人生は絶対に嫌だったのです。自分で物事を決定し、不正義と戦う仕事がしたい…そう思って弁護士という仕事に就きました。

僕は僕らしく生きていきたい

ボリス もう一つ、話しておきたい大事な出来事があります。それは、自分の性的嗜好に気づいたことです。

――おいくつの時でしたか。
ボリス 18歳のころでした。そのころ僕はアメリカに留学していたのですが、オランダにいる両親から手紙がきたんです。そこにはこう書いてありました。「ものすごく悲しいことが起きました。あなたのお姉さんは、レズビアンなのです」と。さらに、「でもボリスは、いつか私たちに孫の顔を見せてくれるわよね?」と続いていたのです。

――それはつらい手紙でしたね。
ボリス その時の自分にとっては、難しい状況でした。自分がもしかしたらゲイかもしれないと、まだ迷っている時期でもあったので。両親の期待に応えようと、ガールフレンドを作って、異性愛者になる努力もしました。でも、うまくいかなかった。両親に伝えることに迷いはありましたが、今の男性のパートナーに出会った時に、覚悟を決めて両親のところに行きました。「受け入れるのは難しいと思うけれど、僕は自分がゲイであることをはっきりと伝えずにはいられない。僕は、僕らしく生きていきたいんだ」と。

――ご両親はなんとおっしゃいましたか。
ボリス 「せっかく弁護士としてこれから社会的に成功できるのに、ホモセクシャルであることは弱みになってしまう」と言われてしまい、ショックを受けました。でも ある出会いがあって、その弱みを強みに変えて生きて行こう、と思えたんです。

ゲイであること=弱みではない。強みです

――どんな出会いだったのですか?
ボリス ハーヴェイ・ミルクとの出会いです。

――アメリカ人の同性愛の権利活動家ですね。
ボリス そうです。少し遡るのですが、まだ自分がゲイなのか迷っていた頃、偶然出会った男性に「君はゲイだ。僕にはわかる。」と言われたことがあったんですよ。実は彼は、ハーヴェイ・ミルクだったのですが、僕はまだ、彼が誰かを知りませんでした。そしてそれからずいぶん経ち、両親へのカムアウトも終わった後に、彼が亡くなってテレビで特集されているのを見たのです。その時、僕はあの時の男性がハーヴェイ・ミルクだったということを知り、これからはLGBTの人権のための活動を一生の仕事として生きていくんだ、と決めました。弱みを強みに変えて生きていくのだ、と覚悟した瞬間でした。

――なるほど。ゲイであるからこそできることがある、と。政治家として同性婚の法制化などに尽力されて、さらには政治家を辞めてヒューマン・ライツ・ウォッチで活動するようになり、活躍の場を広げて来られたわけですね。

未来は僕たちの前にあるのではなく僕たちの中にある

――自分も何かしたい、と思ってもボリスさんのように社会での活動に向けて一歩踏み出すのは難しいように思います。
ボリス あまり人に「これがいいよ」とか押し付けるような発言はしたくないのですが…僕が個人的な経験から感じてきたことをお話しして、そこに何かご自分に当てはまることを感じ取っていただければと思います。

――はい。ぜひお聞かせください。
ボリス 常に自分でものごとを決めて生きること。やはりそれが第一だと思うんです。そのためには、自分のことをよく知らなければならない。自分を知るためには、まず自分自身に対してオープンであることです。そのうちに、自分だけではなく、すべての人には良いところや才能が備わっているとわかってくる。そこから自分の生き方も、社会も変えていけるようになると思います。
Future is not in front of us, but inside of us.―未来は僕たちの前にあるのではなく、僕たちの中にある―これが僕のモットーです。世界人権宣言の第一条にあるように、すべての人の権利と基本的人権が守られるようになることが僕の究極の目標ですが、それは僕一人で成し遂げなくてもいいんですよ。僕がハーヴェイ・ミルクにインスパイアされたように、僕が誰かに、その誰かが誰かに…信念がリレーされて、いつか成し遂げらればいいと思っています。

「幸せ」とは、自分が理解されていると感じること

――「幸せ」とはどんなものだと思いますか?
ボリス 社会から、他者から、そして自然から……そういったすべてのものから自分が理解されて、認められているという感覚を得ること、自分の存在意義があると感じられることが「幸せ」なのではないでしょうか。何かとつながっている、という感覚を得ることもそう。僕自身はふだん都市に住んでいるので、時々田舎の方に行って、自然とつながっているという感覚を味わうようにしています。

――最後に、読者にメッセージを。
ボリス 常に、自分自身に対してオープンでいて、本当の自分を見つけてほしいと思います。でもそれって、ちょっと怖いことですよね。そんな時、ヨガや瞑想というのは、背中を押してくれると思います。僕自身も瞑想を通してできるようになっていきました。
「アート・オブ・リビング」というのは、とても素敵な言葉ですよね。人生そのものがアートだと思うし、みんなが自分の人生のアーティストであるべきだと思います。

文 門倉 紫麻/ 撮影 Art of living 編集部