「私って幸せ!」と心から思ったことはあるだろうか。自分のことでいえば、つい他人と比較したり、小さなことにくよくよしたりして、本来あるはずの幸せをなかなか感じられていない気がする。そもそも幸せになる方法はあるのだろうか……。

幸福学研究の第一人者である、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の前野隆司教授は、「幸せに近づくためには、自分はこういう人間だという思い込み=“枠”から出ることが大切です」と教えてくれた。前野先生は、もともとロボット工学にたずさわり、ロボットの開発のために人間の心を脳科学や心理学的な観点から分析する中で、人間の生活に活かすことのできる体系的な幸福学を目指すようになった。

「認知科学では『メタ認知』と呼ばれていますが、たとえば落ち込んでいるとき、ひとつ上から自分を冷静に客観視すると、なぜ落ち込んでいるのかが分かります。そして、その原因に気づくことができれば、落ち込まない自分へと変わっていけるのです」

著書『幸せのメカニズム』の中では、1500人を対象にしたアンケートを因子分析して導き出された、幸せになるための4つの因子を紹介している。それは、「やってみよう!」因子(自己実現と成長の因子)、「ありがとう!」因子(つながりと感謝の因子)、「なんとかなる!」因子(前向きと楽観の因子)、「あなたらしく!」因子(独立とマイペースの因子)というもの。同著にはそれぞれの因子に関するチェックリストがあり、簡単な質問に答えるだけで、自分の中の幸せ因子のバランスをメタ認知できるようになっている。ちなみに私は「なんとかなる!」因子が少なく、自分のネガティブ思考を再確認して、少々ショックを受けた。

「もちろん、メタ認知をすることで、自分のネガティブな部分に対峙しなくてはなりませんが、自分はこういう人間だと気づくことは、とてもよいことなんです。自分がどういう人間なのかが分からず、モヤモヤしていたら、枠は超えられませんから」

 また、幸福感は、幸せと結びつく行動を先にとることでも得られるという。

「たとえばくよくよしていたら、『全然気にしてませんよ』と口に出してしまうんです。そうすると、その声が自分に聞こえてきて、そうせざるをえなくなる。落ち込んでいたら下を向くのではなくて上を向いたり、歯で鉛筆を噛んで口角を上げて笑顔をつくったりすると、だんだん気分も幸せになっていきます。それは、上を向いたり、笑顔になっていたりするときの筋肉の状態が脳にフィードバックされ、『この状態のときは幸せなはず』と脳が後から認識するからなのです」

お話を伺っていると、とてもポジティブな印象を受ける前野先生だが、以前はとても神経質でくよくよしやすい性格だったそうだ。

「中学生くらいまではとにかく神経質で、人の目を気にする子どもでした。でも、自分のことを客観視して、前向きになれるように思考を変えていったんです。今では、細かいことが気にならなくなったせいか、自分のまわりにある幸せに気づけるようになりました。
じつは人間はロボットと一緒で、自分のプログラムを簡単に書き換えられます。枠をはずすことはとても難しいことに思えますが、何かになりたいと思えばなれるんです。どうしても変えられない部分もあると思いますが、それもひっくるめて自分を知ることが、幸せへの第一歩です」

文 小口 梨乃/イラスト 櫻井 乃梨子