投資の決め手となる三つの軸

 モノを他人よりも安く作り続けられれば、成功する。つまり、現代資本主義の中では、"どんなにモノをたくさん作っても人間の物をほしいという欲望は無限だから、物の値段を下げればいくらでも売れる"ということが当然の事のように思われています。
 果たして、これは本当のことでしょうか? 今の日本を見れば、誰でもそれはノーということがわかると思います。決して、価格を安くすれば物が売れるというわけではありません。一方、人間が幸せになりたいという欲求は無限だと思います。この、“人が幸せになること”をマネタイズして(ビジネス化して)現代資本主義の中で実現すること。それが僕の最もしたいことです。

 ビジネスが成功するかどうかは極論すると、1. 誰がやるか、2.マクロで伸びる分野かどうか、つまり、世の中の大きな流れに沿うかどうかに尽きると考えています。2.の見地からは僕が投資をする際には、3つの切り口があります。3つとも長期の問題を解決する分野です。だからこそマクロで伸びると考えています。
 
 1つ目は、供給が不足している新興国、特にアジアへの投資です。これから成長期を迎える国は、中間層が増えてきて、それに見合った需要が増していきます。ですが、そこにはその需要に見合った供給がありません。この長期的問題を解決するような企業は、今後成長していくと思います。

 2つ目は、既得権益を壊すような事業です。今の日本社会の最大の問題は、お金も人も新陳代謝していないことです。他の先進国と違って、旧来の経済体質が色濃く残っているので、なかなかベンチャーが育つことができません。既得権益のなかったインターネット以外の産業では大企業にテクノロジーと資本と人が集中しているからベンチャーが勝つことは難しい。アメリカだったら、市場が厳しいので大企業でもその部門が不採算だったら切り捨てられます。それでそのテクノロジーや人材が外に放り出されてまたベンチャーを作ったりするので新しいベンチャー企業がたくさんできていくし、大企業もベンチャー企業を平気で買ったりします。シリコンバレーの新陳代謝がそのわかりやすい例ですね。

 最後の3つ目が、一番最初に申し上げた幸せになりたいという欲望を実現する事業です。パタゴニアやボディショップなどが、その代表でしょう。これらの企業に共通していることは資本主義の中で成功していることです。資本主義の中で勝ってインパクトを残しているから、いろんなことができているのです。ただ、この分野で、サステナブルに収益を上げるにのは簡単ではありません。だからこそ本当にやりがいがあると思っています。

今、日本がアジアで求められていること

 今から7年ほど前ですが、中国のベンチャーに投資をしました。下水を処理する会社です。中国の水の問題は深刻です。中間層が増えて下水処理の必要が高まっているのに、全国的に処理場が不足している。そこで下水処理場の開発をする企業を現地の大学と一緒に立ち上げました。そして今では順調に成長して、手がけた下水処理施設は20施設以上です。

 中国と日本の国民感情の摩擦が問題になっていますが、ビジネスにおいてはそんなことはありません。中国の企業は国内市場で勝つことに必死ですから。常により強力なパートナーを求めていて、それがどこの国の企業なのかは関係がありません。ただ地元の人にとっては、自分たちのインフラだからできれば自分の国の企業に手がけてほしいという気持ちは強いと思います。それはどこの国でも同じです。ですから、オールジャパンだけでやるのはナンセンスです。日本と中国が一緒になってやるのがいい。

 中国の優秀な人たちはとてもマネジメント能力に優れている。ですが、中国は中間層が希薄なのです。ピラミッドにたとえたら一番上と下しかいない。一方、日本は、一番上と下がない台形のような形。つまり中間層が強く充実しています。自分は、これを組み合わせるといいだろうな、と常々思っていました。お互いのよさを補完できるのです。今、アジアの中で争っている場合ではありません。次に大きなマーケットになるのはアフリカです。アフリカの水問題を日本の企業だけで解決するのは、想像ができません。しかし中国企業と一緒にアフリカの水問題を解決することは十分可能だと思います。なぜなら中国人は多くの方がアフリカに出稼ぎに行っているので、もともとの土壌があるのです。ぜひアジア勢で組んでやってみたいと思っています。

 この中国での下水処理のプロジェクトは、先に挙げた三つの軸のうちの、1つ目の長期の問題を解決する事業になります。しかし3番目の幸せになりたいという欲望を実現する事業とも密接に関係しています。国によっては、その日、食べていくので精一杯の人がいる。そういう人たちを減らして、全体を底上げしていくためには、資本主義が一番いい。私は結局世界は常により良くなっていると思っています。別の言葉で言うと世の中の価値観がより多くの人が幸せになれる価値観になっていくんだと思います。その意味で発展途上国では飢える人を減らせる資本主義の価値観になりやすい。一方日本のような国はみんながお金持ちになりたいとか出世したいという価値観になるからほとんどの人が不幸になってしまう。たとえばヨガや東洋的な哲学を通じて、自分のありのままの姿を見つめて自分の良さがわかれば、他人や自然の良さもわかるし、世間の基準ではなく自分なりの幸せを見つけていくという価値観が大事になっていくと考えています。だからこそ、先ほど述べた3番目の分野が日本では一番おもしろい。

語り 谷家 衛 /イラスト 山﨑 美帆 /構成 サンオープロダクションズ