ごめんなさい
ごめいわくをおかけしました

そんなふうに何度もあやまってきたけれど
本当に心からあやまれたことは
どれぐらいあっただろう?

人があやまってくれて
ああ、あなたのせいじゃないのに
と思ったことだっていっぱいある

すべての人が
すべての発言を、行動を
よかれと思ってしている

でも、その「よかれ」がいろいろで
「よかれ」と「よかれ」がぶつかってしまうとき

わたしたちは頭と頭を下げあって
それぞれに掲げていた「よかれ」の枠をとりさげて
家に持ち帰って点検する


あなたってこういうよさがあるね

そんな言葉を何度ももらってきたけれど
本当にすなおに受けとれたことは
どれぐらいあっただろう?

人にきれいな言葉を手渡しながら
ああ、ごきげんとりみたい
と思ってしまったことだっていっぱいある

わたしたちは、知らず知らず
それこそ「よかれ」と思って
上か下か、縦にならぶ癖がある

頭と頭を横にならべて向き合って
ありがとう
うれしい

「自分はこう」という枠をもっていると
その外から届いた贈りものを受けとれない

そんなふうに言われたことなかったけど、そうなのかな?
わたしは、そんなふうに言われて、どう感じているかな?

わたしはわたしに問いかける

そのとき可能性は広がる

***

ことばをお聴きのみなさまへ

私の書いた言葉は、私という1つの小さな枠の中から出てきたものに過ぎません。

たとえば、今回は私の失敗から書いています。仲間入りしたばかりのメールグループに質問を送ったのですが、「そういうメールは一斉送信しないほうがいいよ」と教えてくれた人がいました。へこみました。でも、話してみたら、なかよくなった。困った人だな、迷惑な人だなって距離を置くほうが、無難だと思うのです。それなのに指摘してくれたその人を、私は好きになりました。

ヨギーが大切にしている「美しく生きる」は大きなテーマだし、こうして活字になって、名前のついた媒体に掲載されていると、なんだか本当のことっぽく見えてしまうものですが、本当のことは一人ひとりの心の中にあるんじゃないかな。

イラスト 内田 松里/文 古金谷 あゆみ