「近年出合った『これぞ!』という肴をもちよって新年会しませんか」
声をかけてくれたのは、暮らしまわりの本を手がけている先輩編集さん。ゆきますもちろん是が非でも! 喜び勇んでお返事したのはいいものの、冷静になってうろたえた。はて、わたしの一品って何だっけ。ここ数年、地方の珍味にはまるで縁がない。だとすると手作りの何かとなるのだが、人に自信をもってすすめられる自分の定番といったら……。お好み焼き、たこ焼き、にんじんの胡麻あえ。我ながら、うむむである。

ところが、どっこい。あったあった、例の餅と煮ものがあるではないか。
それは、料理上手の義母が食べさせてくれる山形の味、「くぢら餅」と「身欠き鰊と筍の煮もの」。旅好き、呑み助、食いしん坊ぞろいと聞く会の面々にも、あれなら堂々と差し出せる。おかあさんに作り方ちゃんと聞いとかな~と言いつづけて早14年。ええかげん教わっとかんかーいというご先祖さんからのケツバット、ではなく愛ある計らいに違いない。

教わったのは、くぢら餅。山形の最上地方に伝わる昔ながらの餅菓子で、素朴な味ながらどれもうひとつ、とつい手が伸びてしまう魔性スイーツである。家々に伝わる味があるらしく、義母のそれは、和菓子職人をしていた義祖父が残したもの。孫である夫が「(七福神の)布袋さんみたいな人だったなあ」というおじいちゃんは、早くに亡くなった妻に代わり、義母ら六人の子に和洋を問わずさまざまなお菓子を作ってくれた心優しい人物だったという。

材料は、もち粉250g、上新粉250g、ざらめ350g、醤油54cc、水375cc。

鍋にざらめ、醤油、水を入れて火にかけ、砂糖を煮溶かす。粗熱が取れたら、合わせてふるっておいた粉と合わせ、なめらかになるまで混ぜる。濡れ布巾を敷いた型(下からも蒸気が伝わるよう、底が抜けているものが良い)に生地を流し入れ、準備しておいた蒸し器にセット。最初は強火、あとは中火で、途中水がなくならないように少しずつ足しながら、1時間20分を目安に蒸す。串をさして生地がついてこなければ蒸し上がり。

表面が乾かないうちに砕いた胡桃を散らし、さめた時が一番の食べごろだ。「何しろ作り立てがおいしいんだから。翌日以降は、強火で30分蒸してからね」。そう繰り返す義母は、朝、その日に食べる分を炊飯器の温かいご飯の上に乗っけておくと話していた。

「めっちゃ好評でしたよ~」。後日、報告を聞いた義母は嬉しそうにうなずいてこう続けた。

「どうしてもおじいちゃんの味にはならないのよ。レシピも匁(もんめ)で書かれたものをグラムに直したから微妙に違うだろうし、蒸す道具も、おじいちゃんのは羽釜に木枠のせいろ。そういうこともあるんだろうけど、水分、蒸す時のとろみ具合。ざらめを溶いたものは熱いうちに粉に加えるのか冷ましてから混ぜるのか。そういう勘所がわからない。聞きたい時にはいないしねえ」

「けどね、目の中に残っているものがある。おじいちゃんの手つきとか。それだけで上手になった気がするの」と笑う義母は、何だかとてもかわいかった。

横で聞いていた夫も嬉しそうにしているし、「あの人ならどうしていただろう」と思いを馳せることが亡き人への一番の供養とも聞く。わたしってばいいことしちゃったなあ! 満ち足りた気持ちでくぢら餅をほおばっていたら、「次からは自分で作らなな」。夫がぼそりと言った。

写真&文 松田 可奈