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【湘南藤沢】サエの身がまま話し ~第1回~

2020年09月15日

いつも湘南藤沢スタジオをご利用いただきまして誠にありがとうございます。

ビューティ・ペルヴィス® サエ先生に身体にまつわるいろいろなお話をつれづれに綴って頂くブログのスタートです。
*連載スタートのプロセスはこちらから ⇒ プロローグ

第1回目は
「サエ先生はなぜビューティ・ペルヴィス®をはじめたのですか?」
です。



もともと私は運動が苦手タイプ。学生時代運動部に入っていたものの、基本はインドア派であり、できることなら家でゲームしたりゴロゴロしていたい人なんです。

大学は服が好きだったこともあり服飾大学に通っていました。学んでいるうちに、服のデザインや創作よりも、マテリアル(生地や糸)に興味が湧き、染色や織物等を大学では学んでいました。
糸などの相手は細かい作業が多く、この制作に打ち込んでいた頃に身体の不調が起こっていたのですが(肋間神経痛とか生理痛、生理不順、眩暈など)、若さですね、特に気にせず一時の辛さと勘違いして、いつか病院行かなきゃなーと放っておくことで他のことを優先して生きていました。

そんな日々を積み重ね、卒業後はアパレル業界で働き始めました。
今はなき渋谷のGAPで販売員のバイトから始め、夜間から朝方までのシフトでお店のディスプレイを担当したり、GAPを辞めてからは小さなセレクトショップで店長をしたり...。この辺りで確か25か26歳くらいだったと思いますが、身体に限界が訪れたんです。

思い返せばこうなる前から予兆はあったんですが。
小さい頃から耳鳴りがよくあり、ある日その耳鳴りの音がいつもよりも低音で大きく、明らかに異常な感じになりました。耳元で車のエンジンをふかしているような音がずっと鳴っている感じ。
すぐに耳鼻科に行くと低音が聞こえなくなっており、突発性の難聴(低音のみ)との診断結果。えっ!?難聴!?とかなりびっくりして、薬をもらい家に帰宅。
そしてその次の日の朝、目が覚めた瞬間に酷い眩暈に襲われました。起き上がることも出来ず自分の身体に何が起こっているのかもわからず、かなり焦ったのを覚えています。

これはメニエール病と言って、目眩や耳鳴りなどの症状がおこる耳鼻科の病気です。
軽い症状からかなり重い症状まで個人差もある病気ですが、私の場合は起き上がれず薬も受け付けなくなってしまっていたので、結局救急車で耳鼻科のERに運ばれました。

そのERの耳鼻科の若い先生に言われたこと言葉は今でも忘れられません。
「大丈夫!これサッカー選手の澤穂希選手もなったやつだけど、メニエール病はほとんどストレスによるものだから、環境変えてストレスなくなればすぐ良くなるよ~!」
診察室のベッドの上で目の前の世界がグルグルと回り、酷い吐き気で意識が朦朧としている中、そんなこと笑顔で軽く言われても...と何とも言えない気持ちになりました。(笑)
ですがこの言葉、今なら「その通り!」と声を大にして共感できます。

自分の人生の中で救急車で運ばれる程の体験は初めてだった事もあり、療養中は「はぁ、なんて自分は弱くなっちゃったんだろう、もう一度働きに出ることが出来るんだろうか...」とすごく落ち込んでいました。しかし、人間どん底に落ちる事でやっとしっかりと上を見上げることが出来る。
家族をはじめ、まわりの人たちの助けもあり「ここまで心身共に壊す様な仕事って、人生に何の意味があるんだろう。」という考えに変わっていきました。服が好きで、仕事に没頭していた私ですが、心と身体を壊してまでやらなきゃいけないものってこの世の中にありますかね?(笑)
色々な考え方があると思いますが、私はそこまで根つめてやらなきゃいけない仕事はちょっと違うかな・・・と今は思っています。これも全てメニエール病にかかったおかげで気が付けたことですが。

で、やっとここからビューティ・ペルヴィスが登場します。ここまで長かった...。


今日はここまで。

次回をお楽しみに!

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