親になると、子どもに沢山のことを経験してほしいし、大事に過ごしてあげたいと思うものです。こんな音楽を聞かせたい、あんな景色をみせてあげたい、色んな体験をさせてあげたい、なんでも学べる環境を与えてあげたい。

そんな親の熱心な思いによって低年齢からの習い事で子どもは大忙し。でも、もっと子どもの本来持っている力を信用してみてはいかがでしょう。

長女が3歳だった頃。初めての子どもと言うこともあり、生まれてからずっと写真やビデオ、初めて袖を通した服、お気に入りだったおもちゃなど、色んなものを大事にしまってきました。いつか子どもに見せてあげよう、思い出をちゃんと残していってあげよう・・・と何よりも大事に保管してきました。

しかし、2011年3月の東北大震災。

私たちは一瞬にして、それらを失ってしまうことを知りました。私の自宅は古いアパートだったため住めない状態になり、引越しを余儀なくされました。今までよりも小さな家に移ることになり、荷物を減らすため、色んなものを手放さなくてはいけませんでした。私の手元にはたくさんの『思い出の品』。

ですが、それらはもう、私には大事なものではありませんでした。誰かが使えるのであればと寄付をしました。思い出がたくさん詰まっていて捨てられなかったはずのものなのに、もう私には『必要ないもの』に変わってしまっていたのです。

「今ここ」にいる娘と、ただ共に「今を生きる」ことが何よりも重要だと気づくことができました。歩けるようになった日の写真じゃなく、歩いている今があることがすべて。物への執着が薄くなり、捨てられなかったものを手放すことが出来たのです。
同じものでも、全く違ってみえてきます。

モノだけでなく、人に対しても同じことが言えます。口論の耐えなかった相手や、自分とは違う感覚で物を言う人も、突然に「大事なことに気づかせてくれた」と恩人扱いをしたりします。
私の心は、同じ人を一瞬にして変えてしまうのです。

すべては心の映し鏡。
私たち人間が外側に見ている世界は、「迷妄」(マーヤー)だとヨーガは教えてくれます。世界は心次第で変化してしまうあやふやなもの。今見ている世界ですら、そんな風に変わってしまうのに、未来を見据えるってなかなか難しいですよね。

さぁ、何を見ましょう?

2~3ヶ月の赤ちゃんは、自分の握りこぶしを発見すると、ずーっとその手を不思議そうに見ています。そのうち、右だけじゃなく左にもそのこぶしを見つけて喜々としています。やがてそのふたつの手が視界の中で出会って、手と手を絡ませながら、さわり心地を楽しみながら、やはり不思議そうに嬉しそうに見つめています。一本指が単体で動かせるようになると、どこかに指を突っ込みたいし、二本の指が連動して動かせるようになると何かをつまんでみたくて、掴んでみたくて必死です。掴んでみると引っ張られるから物が動いて面白い。
毎日、小さな冒険であふれています。

親が与えても与えなくても、赤ちゃんは自分を使って自分を体験中。深く自分を実感することに大忙し。それなのに与えられすぎて、両腕がいっぱいいっぱいだと、考えることを諦めまてしまいます。もったいないです。

もっと、子どもの“今”を共に生きてみましょう。
視覚でも聴覚でも味覚でも触覚でも、「風」は感じられます。子どもと一緒に自分を使って世界を見てみてください。

自然界は、私たちに分け隔てなく、毎日たくさんの美しさを与えてくれています。
未来にあるかもしれない美しさもいいけれど、“今”、を見逃していませんか?

文 ヨガインストラクター ミヅホ/編集 七戸 綾子