お悩み:
自己受容がなかなか出来ません。これでいいのだ、と思い、認めたいのですが、自分を好きでいるには、ヤスシ先生はどうされているのか、アドバイスいただければ幸いです。

答えのヒント:
自己受容とは不思議な言葉だと思いませんか?
自分を好き、嫌いも僕にとってはやや不思議なコンセプトだと感じます。

私達は「何かが出来るから」、もしくは「こんな人だから」という理由をもとに自己受容ができるわけではないと思うのです。

自己に厳しい人は、何を成し遂げても自分への厳しさを持ち続けるでしょうし、反対に理由なしに自分を愛することに全く問題がない人もいるようです。

僕が選べるとしたら、特別な理由が無くても自己受容できる人でありたいなと願います。

僕にも何らかの向上心のようなものはありますから、常に何歩か先の自分を頭に描き、現状とのギャップを埋めたいものだと思うことがほとんどです。時にはそのギャップをプレッシャーに感じたり不満を感じたりもします。

絶対的なありのままの自己を愛せたとしても、相対的な自分には向上心(こうなりたい)はあるものです。

自己受容とは、受け入れるAと受け入れられる対象のBがひとりの中に同時に存在するという概念の上に成り立っている言葉だと思います。

あたかも自分の中の二人がいて、一方がもう片方を評価しているような・・・。
「こうなればいいのに」と課題を出すAと、それに応えようとするBを同時に自分の中に持つのは大変です。Bがどんなに努力してもAはなかなか満足してくれないのは目に見えています。

何かに100%取り組んでいても、望ましい結果が出ないことはよくあります。そんなBをAは寛容さと共に見てくれるのが望ましいです。

自分の中に二人いるのなら、面接や議論をするかのように相対して座るより、何かを分かち合うために横に並んで座っていたいのです。

今の僕はAとBがより親しくなり、ベンチに横に座っているようです。

ひとりの自分になるのは難しいことです。
「認めてあげる」なんて言葉は使えば、そこに認めるか否かの権限を握ったAと、びくびくしているBがいます。

自分に対して厳しいまなざしを向ける癖を持つ場合、自分を愛おしく、寛容さと共に見られれるかを意識してみましょう。

最終的にはAとBは一人になればよいですね。

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文 ヨガインストラクター ヤスシ/編集 七戸 綾子