ご近所に“おっちゃん”こと、梅干しづくりの名人がいる。梅に目がない私にとってはアイドル的存在なのだが、「やだね。俺は梅干し屋じゃねえんだからよぉ」とのことで、肝心のつくり方はなかなか教えてもらえずにいる。そのおっちゃんに誘われて、よく晴れた土曜日、漁港の朝市に出かけてきた。寝ぼけ眼の娘をチャリの後ろにくくりつけ、自転車を走らせること10分強。すでに港では朝獲れの魚がじゃんじゃんあがっていた。

この日の目玉は、わらさ(出世魚であるブリの幼名)。小さいもので40~50cm、大きいものだと80cm近くある。市場の活気と相まって気分は上がるも、出刃包丁すら持っていない自分には手が出せない。さばける人なら楽しいやろなあ……と屋台のタコ飯をかっこんでいたら、お向かいに住む夫婦を発見。釣りが趣味の“さかなクン”と、自宅でフツーに魚をさばいているオトコマエ女子という、頼もしき20代カップルである。ここで会ったもこれ幸いと、わらさを共同購入し、さばき方を教えてもらうことになった。ちなみに、モノの値段をすぐ口にするのはハシタナイと夫に再三言われているのだが、それでもやっぱりお知らせしたい。体長60cmのわらさ、お値段なんと千円なり。

まな板から盛大にはみ出す形でわらさをセットし、エラを取ってハラワタを掻き出す。初めて触れるそれらの生々しさにぎょええええとなりながらも、エラの精巧なつくりと色の鮮やかさに感心する。「なんなんこれプラスティックのおもちゃ入ってるけど~!」。のど元まで出かかった言葉は、さかなクンを困らせないよう必死で呑み込んだ。ひと通りの作業を張り付いて確認し、途中交代。イザ入刀したところ……これは!好きな種類の作業。続いて煮付け用のメジナもさばいたのだが、じゃっじゃっじゃっじゃっとウロコを取る作業なんて、さながらムービング瞑想。メンタル的には瞑想が極めて必要ながらも、じっと座っていられない自分には一石二鳥である。

夫妻に教えてもらった通り、わらさは一晩寝かせて刺身とカルパッチョに。カマはその晩塩焼きにし、メジナは生姜をきかせた煮付けにした。最後に「内臓は冷凍しとくといいですよ」とさかなクン。内臓もムダにしないなんてさすがやん~と思いきや、よくよく聞いたら生ゴミの始末の話。臭い対策として、燃えるゴミの日当日まで冷凍させておくとのことだった。以前までのマンション居住時代なら、考えることなくポイッとゴミ収集場に捨てていた。土地に根をはって暮らすってこういうことなんだなあと、若い夫婦に教わることしきりの一日だった。

さて冒頭の梅干しマスター。梅干は依然お預け状態だが、代わりに、シラスのかき揚げのつくり方をみっちりご指導いただいた。その他にも今住んでいるあたりには、薬草、ジャム、干物などさまざまなマスターがいる(干物は塩だけでなくナンプラーを刷り込むのがミソらしい)。父と同年代の“おっちゃん”達と同じ話で盛り上がれるのだから、食の世界って知るほどにおもしろい。

思えば、実家の父も大の釣り好き。今も時々、釣った魚を丹念にさばいては送ってくる。父に対して思春期モードをいまだにひきずっている私は、それを素直に喜んだことがもう数十年ナイのだが、小学生までは釣りにも一緒に出かけていた。エサが気持ち悪いというと代わりに何度も何度もつけてくれ、海に落とした帽子を釣竿で器用に拾い上げてくれたことなんかも思い出す。そんな”魚のおっちゃん”とも、今ならたくさん話せるような気がしている。

写真&文 松田 可奈